恥ずかしながら今日のお題に乗ってみる 2
今日も思い立って書く故郷。
こんにちは。
前回は故郷を出るところでしたね。
そこから先のふるさとをどうぞ。
専門学校に行くために高校卒業と同時に地元を離れ、
大阪にて生活することに決めた私。
母はあれこれと世話を焼いてくれましたが、
確かに寂しそうでした。
在学中は長期休みにはかならず帰省していました。
帰ってすぐは優しくなれるのですが、少し長期滞在すると、
ソリの合わない姉と喧嘩ばかりになるため
滞在期間は短めです。
ですが、未だにこの帰省するという行為はよく夢のシーンに出ます。
なんででしょうね?そんなに楽しかった記憶でもない気がしてるんですが、
未だによく見ます。
長期休みと必ずくっついていたのでモラトリアムの象徴にでも
なっちゃってるのかも知れません。
専門学校の制服のまま、ゲ〇臭い駅前のコンクリ柱に座り込んでだべったのは
よく覚えています。
卒業と同時にそのスジに就職しました。
就職を喜んでくれた母。
しかし大器晩成型の私に職人世界の仕事はまだ早かったようで、
1年ほどで退職してしまいました。
そしてだいたい同じタイミングで当時の彼女とも別れ、
失意と無力感と孤独の三重苦の中「なにか命が輝くことがやりたい」と、
クsssっそ青い妄言をバイト先の倉庫の暗闇にツイートする毎日でした。
母にはなかなか退職したことを言えず、更に1年ほどした頃に
転職したと話しました。あの時のみじめさよ!
そんな失意の中でしたが、音楽はいつも傍にありました。
高校でベースを覚え、バンドをいくつか渡り歩いています。
そしてこのころにはギターにも手を出し、
私の作ったバンドを追放されるという屈辱も味わいました。
が、それもきっかけとなり、上京を決意します。
このころには母の会社の寮は相当ボロアパートの様相を呈していましたが、
母は何も気にせず我が家として暮らしておりました。
さて、ここからは色々と語るのに心苦しいことが沢山あり、
楽しい話ばかりとはいかないのでためらってしまいます。
勇気が出たら続きを書きたいと思います。
以上
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